私たちが着る時間
4人のデザイナー、服を着る価値をめぐる4つの異なる考え方。コペンハーゲン・ファッションウィークSS27を読み解く。
4つのレーベル、服を着る価値をめぐる4つの異なる考え方。
コペンハーゲン・ファッションウィーク / 2027年春夏
コペンハーゲンのキングス・ガーデン。柔らかくギャザーを寄せたグレーのトップスに淡い色のスカートを合わせたモデルが、二列に並ぶ観客のあいだを歩いていく。背後には石の列柱と彫刻が控え、舞台は壮麗だ。それでも服のほうは、むしろ外の通りに関心があるように見える。ランウェイは、一着の服がこれから向かう場所のひとつにすぎない。そのことを思い出させてくれる光景である。
2026年8月のコペンハーゲン・ファッションウィークで、4つのコレクションが考えさせたのは、何が新しいかよりも、その次に何が起こるかだった。リハーサルの後の帰り道。屋外で過ごす夏の午後。思いがけないものと合わせた、ごく普通のジーンズ。娘にもその母親にも意味を持ちうる一着の服。
4人のデザイナーは、ひとつの美学を共有しているわけではない。だからこそ、並べてみると面白い。
Baum und Pferdgarten:舞台が終わった後
Rikke BaumgartenとHelle Hestehaveは、1999年にコペンハーゲンでBaum und Pferdgartenを創業した。彼女たちのコレクションは長年、テーラリングの規律と、それをかき乱すことをいとわない姿勢とを組み合わせてきた。2027年春夏、ふたりはその緊張にひとつの情景を与えた。バレエのリハーサルが終わり、ダンサーがスタジオを後にして、その儀式の名残を少しだけ日常へ持ち出す時間である。

服そのものは、この説明から想像されるほど直截ではない。あるルックでは、ネイビーのジャケットと長いトラウザーズの流れを、ウエストにのぞく淡いライラックが断ち切る。別のルックでは、グレーのトップスが軽やかなスカートの上でギャザーを描き、その下から白いレイヤーがこぼれ出る。黒のノースリーブのルックは、シルエットの下半分に質感と動きをもたらす。どの服も、本物のダンススタジオがなくても成立する。

コレクション全体ではリボンやレースなど、ダンスウェアからの引用が随所に使われている。だが最も強い着想は、抑制とゆるみのコントラストにある。それは、期待どおりには収まろうとしないジャケット一枚ほどの、ささやかなものでもありうる。装いは華やかでありながら、特別な日のためにしまっておく服には見えない。

ショーはキングス・ガーデンで行われた。広角の写真では、観客も建築も情景の一部になっている。それでも記憶に残るのは、観客が去った後に着ている自分を想像できるルックのほうだ。

Skall Studio:呼吸する余白のある夏
2014年にSkall Studioを創業した姉妹、JulieとMarie Skallは、2027年春夏コレクションをLa Piscineと名づけた。1969年のフランス映画と、ルーベにある同名の美術館の両方を参照したコレクションである。ただしランウェイが設けられたのはコペンハーゲンの庭園で、まわりにあったのはプールではなく芝生と木々だった。

写真には、誰の予定にも属さない午後のような、急がない空気が漂う。クリーム色のトップスとゆったりした白いトラウザーズに、麦わら帽子とバスケット。ブルーデニムの上に重ねた淡いピンクのレイヤー。たっぷりとしたカッティングのジャケットと楽なトラウザーズは、身体にいくらかの余地を残すテーラリングの可能性を示している。

小物にも、それぞれの来歴がある。ブランドのショーノートによれば、バスケットはバスケット職人Steen Hedegaard Madsenの個人アーカイブから、麦わら帽子は姉妹のヴィンテージコレクションから集められた。すべてを買ったばかりのように見せるのではなく、このスタイリングは、すでにあるワードローブに何かを加える喜びを感じさせる。

Skall Studioは、天然素材や単一繊維の素材を好むことを公言し、リペアサービスも提供している。そうした取り組みが、ひとつのルックの環境負荷のすべてを物語るわけではない。それでも、ここでふさわしく思える考えを指し示してはいる。私たちが着るものは、手をかけて守るに値するものであるべきだ、という考えである。
Studio Constance:かたちを変える自由
Studio Constanceは、日常着に別の方向から近づく。Rebecca Dovenryd Almbergが率いるストックホルムのレーベルで、SS27からCPHFW NEWTALENTプログラムに加わった。発表したコレクションの名はLight Ascending。ブランド自身の説明によれば、個人的な変化の時期を映したものだという。

たしかに、そこにはドラマがある。選ばれた写真の中の彫刻的なブラウンのドレスは、ボリュームと、ほとんど演劇的な輪郭を軸に組み立てられている。だが、その隣にあるものを見てほしい。ゆったりしたブルージーンズに落ちる、丈の長い黒のトップス。流れるような白いレイヤーに羽織った、短いダークなジャケット。見慣れたワードローブの定番に異なるプロポーションが与えられ、それとともに異なる態度が与えられている。

このコントラストは、すべてが「着られる服」だと宣言するよりも説得力がある。すべての服がそうである必要はない。若いレーベルには実験する自由があってしかるべきで、同時にその実験を、よりシンプルな服へと行き渡らせればいい。ここでは、それがトップスの丈に、裾の重みに、あるいはジャケットがドレスのラインを変える仕方に現れている。

その結果は、女性がどう見えるべきかを定めたイメージではない。今日の彼女がどう見られたい気分なのか、そのための余地を少し残している。
Freya Dalsjø:世代のあいだのワードローブ
Freya Dalsjøのプレゼンテーションは、規模の上ではもっと静かだった。コペンハーゲンのEtage Projectsで60人の観客を前に開かれ、視線を服そのものへと引き寄せた。デザイナーは、一着ごとに母親とともにつくり、母親が同じ年齢のころに着ていた服を振り返ったと語る。その多くを、母親は今も着ているという。

長く着られることをテーマにしたコレクションとしては、めずらしく具体的な出発点だ。抽象的な未来の顧客を思い描くのではなく、Dalsjøは人生の異なる地点にいる二人から始め、二人が同じ服を欲しいと思えるかどうかを問う。
選ばれたルックは、その問いを実際的なものに感じさせる。丈の長い黒のノースリーブのレイヤーが、白いシャツを縁取る。流れるようなチャコールのブラウスが、ワイドなダークのトラウザーズへと落ちていく。淡いストーン色のアンサンブルには、一通りではない着方を許すだけのゆとりがある。カッティング、プロポーション、そして布の落ち方から気をそらすものは、ほとんどない。

SS27でスタジオが集中したのは織物で、カシミヤ、ウール、コットン、シルクなどの素材を探求した。コレクションには手間のかかるハンドメイドの作品も含まれるが、より静かなルックも同じことを語っている。どれほどの手間がかかったかを声高に告げなくても、服は思慮深くありうる、ということだ。

Dalsjøは、時代を超える服の公式を差し出しはしない。彼女が差し出すのは、もっと個人的なものだ。着る人が変わっていっても、一着の服が役に立ち、愛され続けるかもしれないという可能性である。
ランウェイの後に残るもの
この4つのコレクションを足し合わせても、コペンハーゲンの制服がひとつ出来上がるわけではない。Baum und Pferdgartenは、構築的なワードローブの中に遊びの余地をつくる。Skall Studioは、日々の暮らしと記憶を情景の中に招き入れる。Studio Constanceは、見慣れたかたちの限界を試す。Freya Dalsjøは、一着の服が時間を通じて何を意味しうるかを問う。
4者をつなぐのは、色でもシルエットでもトレンドでもない。誰かが実際にその服を着ている、という想像だ。ショーの後、写真の後、決して記録されることのない日々に。
ワードローブが個人的なものになるのは、そこである。
撮影:James Cochrane / コペンハーゲン・ファッションウィーク SS27。